リンカルスとは?

Photograph by nmoorhatch
リンカルス(Hemachatus haemachatus)は、コブラ科リンカルス属に属する唯一の毒ヘビで、毒液を口から噴射(吐き出す)することができるという特徴を持っています。
多くの毒ヘビは獲物に毒を注入して安全に仕留めてから捕食するため、毒を狩りに使うことが多いですが、リンカルスは捕食のためだけでなく身を守るために外敵の眼など狙って猛毒を吐きつけます。
この独特の防御行動から「(毒を)吐くコブラ(Spitting Cobra)」の一種として知られていますが、分類学上はコブラ属(Naja)ではなく、リンカルス属(Hemachatus)に属する単一種です。

インドコブラのフード
体長は通常90cmから120cm程度で、最大で150cmに達することもあります。体色は灰色から暗褐色を基調とし、全身に不明瞭な帯状の模様や斑点が見られることが多く、腹側は白っぽい色をしています。
他のコブラ科のヘビと同様に、興奮すると首の部分を広げて威嚇する「フード」と呼ばれる行動を見せますが、そのフードはコブラ属のヘビほど大きくは広がりません。

Photograph by Conrad Prinsloo
リンカルスの擬死
リンカルスはコブラ科の中では珍しいことに、卵ではなく、すでに孵化した状態の子ヘビを産むという特徴を持っていて、一度に20〜30匹、時には60匹を超える子ヘビを産むことが知られています。
主に夜行性で、ヒキガエルを主食としますが、小型の哺乳類、両生類、爬虫類なども捕食します。
一方で危険を感じると噴気音を出して威嚇したり、非常に巧みな擬死をしたりすることが知られています。
分布・生息環境

Photograph by Josette Oberholzer
リンカルスは、アフリカ大陸の南部に限定して分布しています。
主な生息地としては、南アフリカ共和国(東部および南東部)、エスワティニ(旧スワジランド)、レソト、ジンバブエの一部、モザンビルの一部、特に南アフリカの東ケープ州、クワズール・ナタール州、ムプマランガ州などに多く見られます。
様々な環境に適応して生息していますが、特に以下の環境を好みます。
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草原(グラスランド): 背の低い草が生い茂る地域。
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サバンナ: 草原と低木が混在する地域。
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湿地帯や沼地: 水辺に近い湿潤な環境。
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農耕地や郊外: 人里近くの農地や庭園などでも見られることがあります。これは、餌となるげっ歯類などが豊富にいるためと考えられます。
標高2000m以下と比較的標高の高い場所でも生息が確認されており、冷涼な気候にも比較的耐性があることが知られています。日中は岩の下や穴、茂みの中に隠れて過ごし、夜間に狩りを行います。
毒を飛ばすようになった理由

目を狙うように毒を噴射するドクハキコブラ。 Credit:Secrets of the spitting cobra | Natural History Museum
進化の過程で毒を得たヘビは、相手に噛みつき毒を注入する能力しか持っていませんでしたが、その後、進化の過程で新たに毒を吐く能力を身につけたことが分かっています。
それでは、なぜ毒を飛ばす能力を身につけたのか、身につけなければならなかったのか近年の研究で一つの仮説が浮上しました。
それは、初期の人類という脅威から身を守るために毒を飛ばす能力を身につけたという説です。

研究では毒を吐くコブラの遺伝子配列を確認し、いつの時代に進化が分岐したのかを調べました。その結果、3か所の異なる地域、時代に進化した時期とそれぞれの初期人類の化石が登場する時期が一致していることがわかりました。
初期人類は二足歩行になり、手に木の枝などを持ち攻撃に使い始めたことから、相手に噛みつくことがしにくくなったことから敵への対抗策として毒を飛ばす能力を進化の過程で手に入れたのではないかと考えられます。
リンカルスの毒の成分と毒性

リンカルスの毒液は主に神経毒と細胞毒を組み合わせた混合毒で、複数の成分が相乗的に作用することで強力な毒性を発揮します。
神経毒は神経伝達を阻害することによる筋肉の麻痺を引き起こし、手足のしびれや重症な場合には呼吸筋を麻痺させることによる呼吸困難や呼吸停止を引き起こします。
細胞毒は多くのコブラの仲間が持っているホスホリパーゼA2やサイトトキシンでリンカルスも持っています。
この毒は広範囲の細胞破壊を引き起こすため、組織の壊死だけでなく激しい痛み、腫れを引き起こすとともに炎症反応を増強します。また、心臓機能に影響を与える可能性もあります。
毒に触れた場合の症状と目に入ったときの症状

リンカルスの毒は口(牙)から噴射され、飛距離は2.5~3mにもなるため特に目に入った場合に非常に深刻な影響を及ぼし、皮膚に触れただけでも刺激があります。
皮膚に触れた場合の症状
毒液が皮膚に触れた場合、ほとんどの場合、軽度の刺激、赤み、かゆみが生じる程度で、重篤な症状になることは稀です。
しかし、傷口がある場合や、アレルギー体質の人、あるいは大量の毒液に長時間曝露した場合は、炎症が強くなる可能性も推測されます。
目に入ったときの症状
リンカルスの毒が目に入ると、激しい痛み、灼熱感、涙が止まらなくなる、まぶたの痙攣、充血、まぶたや目の周りの腫れといった症状が現れます。
毒素が角膜(瞳の表面)に直接作用することで、角膜細胞の損傷を引き起こし、角膜炎、角膜潰瘍、角膜の混濁などの重篤な状態に進展する可能性があります。
放置すると、視力低下、永続的な視覚障害、最悪の場合には失明に至る危険性があります。
目に入った場合の対処法
何よりも最優先で、手元にあるきれいな水を大量に使い、目を最低でも15分以上洗い流し続けてください。まぶたを開いて、眼球全体に水が当たるようにすることが重要です。
洗浄後も、できるだけ早く眼科医の診察を受け、角膜の損傷の程度を確認し、適切な治療(点眼薬、保護など)を受ける必要があります。目を擦ると、さらに角膜を傷つけたり、毒液を広げたりする可能性があるため絶対に避けましょう。
リンカルスの毒噴射は、あくまで防御行動であり、通常は人間に向けて無差別に毒を飛ばすわけではありませんが、ヘビが危険を感じた際には注意が必要です。
まとめ
リンカルス(Hemachatus haemachatus)は、南アフリカに生息し、毒液を口から噴射する防御能力を持つ毒ヘビの一種です。
この能力は、遠距離から捕食者を撃退し、自身の安全を確保するために進化したと考えられています。毒液は細胞毒と神経毒の混合物であり、噛まれた場合には局所の組織破壊や全身性の神経麻痺を引き起こし、生命を脅かす可能性があります。
特に、毒液が目に入ると、激しい痛みや炎症を引き起こし、放置すれば永続的な視覚障害や失明に至る危険性があります。
万が一、毒液が目に入った場合は直ちに大量の流水で目を洗浄し、速やかに眼科医の診察を受けることが不可欠です。リンカルスは非常に危険なヘビであり、むやみに近づいたり刺激したりしないよう注意が必要です。
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