脊椎動物の中で最も寿命の長い猛毒ザメ ニシオンデンザメ

深海を泳ぐニシオンデンザメ 水中の生き物
Photograph by Hemming1952

ニシオンデンザメとは?

海面近くを泳ぐニシオンデンザメ

Photograph by julius nielsen

ニシオンデンザメはツノザメ目オンデンザメ科のサメの1種で、ツノザメの仲間の中で最も大きく体長は7.3mにもなります。
食性はかなり多彩で貪欲のため、サケやマスなどの魚類、カニやエビ、貝など海底に生息する水生生物などを食べ、大型の個体になるとアザラシを襲うようなこともあるようです。引き上げられた
ニシオンデンザメの胃袋の中からトナカイやホッキョクグマが出てきたこともあるようです。
こんな食性をしているからか、ずんぐりとした丸っとした可愛らしい体型をしています。

分布・生息域

ニシオンデンザメの分布図

Photograph by Chris_huh

北大西洋全域とその沿岸沖の大陸棚地帯に生息しています。グリーンランド周辺に生息していることから英名では「Greenland Shark」と名付けられています。

寒い地域に生息しているので、海水浴中に人間が襲われるようなことはありません。また、基本的には深海に生息している種類のサメです。ただし、北極大陸に近い海水温の低い地域では浅い海域にも浮上してくることがあるので、もしかしたら出会えるチャンスもあるかもしれません。

また、2022年にはカリブ海西部でも発見されたため現在つかめている分布よりも実は広く分布している可能性が出てきました。

低温海域に棲んでいるため筋肉の動きが鈍く、泳ぐ速度はなんと時速1km程度、速くても3km/hとかなり動きがゆっくりで、「世界一のろい魚」とも言われています。

ニシオンデンザメには毒がある!?

海底付近を泳ぐニシオンデンザメ

Photograph by Doug Perrine

浸透圧の話

浸透圧の説明図

塩分濃度の高い方に水が流れ出る

きゅうりやキャベツの塩もみがあるように、野菜や魚の身などに塩を振りかけて置いておくと水分が出てくる現象は知っている人も多いと思います。

それでは塩分濃度の高い海水で魚の体の中の水分が出ていかないのはなぜでしょう?

実は、海水に棲む生き物は水分が海水に出ていかないようにある成分を体の中に持つことで対策(浸透圧を調整)しています。

有名な例としては、サメやエイなどは尿素を使って体の水分が出ていかないようにしています。そのため、死んでしまうと尿素が水と反応してアンモニアになることで独特な臭みが出て美味しく食べられなくなります。

淡水と海水を行き来するような生き物は持っている成分の濃度を変えて対策しています。

尿素以外にも様々な成分があり、どの成分を使っているかは生き物によっても大きく違いますが、ニシオンデンザメは毒性の高い成分を体内に多量に含んで水分が出ないように調整しています。

このような浸透圧を調整する成分をひっくるめて「オスモライト」と呼びます。

毒の成分は?

ニシオンデンザメの肉にはトリメチルアミン-N-オキシドが大量に含まれています。トリメチルアミン-N-オキシドは様々な海産物に少量は含まれていて、分解してトリメチルアミンなるとあの独特な腐敗臭を発します。

ただ、ニシオンデンザメには大量に含まれているためそのまま食べてしまうと体に害のあるため、茹でたり焼いたりすることで無毒化でき、食べることができるようになるんだとか。

ニシオンデンザメの動きはかなりゆっくりですが、この毒を体に蓄えているため肉食の水生生物にも襲われることもほとんどなく、実質頂点捕食者とも考えられています。

塩分から体を守るだけでなく、捕食者からも身を守るのに役立っています。また、他のサメと同じように尿素もたくさん含まれています。

ちなみに、尿素自体の毒性はほとんどないためハンドクリームなどにも使われています。

食べてしまった時の症状は?

ニシオンデンザメの肉を茹でた時に出たゆで汁を犬が飲んでしまうと死んでしまうという説や、生肉をそのまま犬が食べてしまうと酔っぱらったような症状が出て眠ってしまう説などがあります。

人間にとっても有毒で、昔からニシオンデンザメに馴染みのある地域では生で食べないように伝えられていて、ニシオンデンザメを使った独特な食品もあります。

ニシオンデンザメを使ったヤバすぎる料理

干してあるハカール

Photograph by Qaswed

ニシオンデンザメやオンデンザメ科の肉を発酵させ、その後数か月間かけて乾燥させてつくる「ハカール」という食品がアイスランドで販売されています。高濃度のアンモニアを含むため強烈なアンモニア臭や洗剤のような臭いを放ち、初心者の方はそのまま食べてしまうと吐き気を催すことがあるため、鼻をつまみながら食べるように言われることもあると言います。

アイスランドでは「ソーラブロード」と呼ばれる祝宴で振舞われます。サイコロ状にカットされたハカールを爪楊枝などを使って食べるようです。

味は悪くないようですが、その強烈なにおいから慣れない人の評価は良くないようです…

作り方

ニシオンデンザメの内臓や頭、骨などはきれいに取り除き、お肉を砂利に埋めたり、箱に入れて上から重しを乗せます。夏は6~7週間、冬は2~3ヶ月間放置して発酵させます。その後、2~4ヶ月風通しのいい場所に吊るして乾燥させます。乾燥が進むにつれてアンモニアが放散し、塩味も強くなっていきます。

腹肉を使った弾力があって赤みがかった「glerhakarl」と、胴体の肉を使った白くて柔らかい「skyrhakarl」の2種類があります。

ニシオンデンザメのおもしろい特徴

ニシオンデンザメのイラスト

ニシオンデンザメには毒があるという特徴意外にもとっても面白い特徴があります。

最も寿命が長い脊椎動物

現在知られている脊椎動物の中で、ニシオンデンザメは最も長寿とされていて、過去見つかった個体を放射線年代測定法を使って調べたところ、なんと推定年齢は392±120歳(272~512歳)にもなりました。

誤差は大きいですが、それでも数百年生きるのでかなり長寿な生物ですね。

寿命が長い分成長も遅いようで、メスは性成熟に150年程かかると考えられています。つまり、子孫を残すためには150年以上生きなければいけないというから驚きです。

ただ、性成熟してからはその後も長年にわかって子孫を残すことができるとも考えられており、また上述した通り頂点捕食者とも考えられていることから絶命することなく今日まで生き残ってきています。

ただ、食用や油を採取する目的で、北極近海では年間約3万頭あまりが捕獲されていたようで、現在では絶滅危惧種((IUCN Red ListのVU)に認定されています。

目が見えないけど優れた感覚器官がある!?

深海を泳ぐニシオンデンザメ

Photograph by Hemming1952

ニシオンデンザメの目には高確率で寄生性のカイアシ類に寄生されていて、ぶら下がっていることが多いです。そのため、寄生された多くのニシオンデンザメは目が見えていないと考えられています。

一方でニシオンデンザメは嗅覚が非常に発達しており、約1.6km離れた獲物のにおいを嗅ぎつけることができます。またロレンチーニ器官という微弱な電流を感知する器官も発達しており、周囲の状況を知ることができます。

生きた化石の生態の謎

ニシオンデンザメの撮影が初めて成功したのは2003年に入ってからのことで、その生態は今でも多くの謎に包まれています。

ニシオンデンザメの近縁種であるオンデンザメも2015年に生け捕られ、沼津深海水族館に公開されましたが、残念ながら1週間ほどで死亡が確認され、生態の解明にはつながりませんでした。

まだまだ謎の多いサメですが、5億年程前から姿を大きくは変えずに生息していたという考えもあるため、生きた化石とも呼ばれています。

まとめ

ニシオンデンザメはツノザメ目オンデンザメ科のサメで、ずんぐりした体型にゆっくり動く巨大なサメです。なんでも食べる海のお掃除屋さんです。

浸透圧調整にトリメチルアミン-N-オキシドという毒を大量に体内に含んでいるため、外敵から襲われることなく深海で過ごしています。

お肉をそのまま食べると中毒症状が表れるため、発酵・乾燥させたハカールに加工して食べることがおおいですがとんでもない匂いを漂わせる珍味です。

毒以外にも400年以上生きるほど長寿、優れた感覚器官を持っているなどのおもしろい特徴があり、今でも謎が多い生物です。

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